ビジネスパック 出張を振り返って思うこと

国民の宿泊を伴う旅行の参加率は、戦後(1945年以降)1957年は29%、60年が34%で、64年には42%と順調に推移している。 1964年は、わが国にとって観光の大衆化の幕開けともいえる年である。

すなわち、前年(1963年)に観光基本法が制定され、64年にわが国初めてのインターナショナルなイベント、東京Oが開催された。 海外旅行の自由化もこの年である。
同時に観光基盤施設であるT線、M高速道路も開通した。 まさに区切りの年ということができる。
次のポイントは1970年の大阪Bである。 この年、わが国の宿泊観光旅行が国民一人当り一回以上を記録した。
家族でBのためにJジェット機に乗ってシティホテルに泊まって博覧会を見物するという旅行が時代の象徴である。 文字どおり質・量ともに、わが国観光旅行のターニングポイントともいえる年である。
まさに大衆化、大量化そして集中化で表現できる観光現象といえる。 観光基本法=1963年6月に制定された。
観光に関する国の基本的な考え方、政策目標、基本地策等が示されている。 同法に基づいて観光政策審議会が設置され、また『K白書』が発行されることとなった。
日本人の海外渡航は外貨事情が悪かったために制限されていたが、1964年4月、海外観光旅行が無条件で認められるようになった。 当初は年一回、滞在費外貨500ドルの範囲であった。
1986年に入って加速した地価高騰と株価上昇などの影響で、86年末期から1990年度いっぱいくらいまで、日本経済は非常な好況が続き、高い成長率を維持した。 この期間を、後になって「バブル経済」「バブル景気」と呼んだ。

しかし、91年4月頃から経済成長が鈍化し、地価抑制策の影響などもあって景気が急速に後退した。 この現象を「バブル破綻」「バブル崩壊」などという。
その後わが国は、2004年現在も深刻な長期不況が続いている。 他方、バブル崩壊以降十数年が経過しているにもかかわらず、経済の立て直しはままならず、構造改革もできずにいたずらに時間ばかり過ぎている。
うことができる。 もちろん細かくみていけば、数々の課題を内包していたことも事実である。
この課題は1970年代後半から80年代の経済発展の中で、さまざまな局面で表面化し、80年代後半からのバブル経済とその破綻で、新しい時代を迎えることになる。

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